区別から差別
「差別」されたことは今までない。でも、友達が警察に止められたり、店に断れた。私の経験ではないので、そんなに書かないけれど、こんなことを許す社会に住むのは大変だと思う。法律的には、違う顔によって人権が変わるのはよくないと思う。たとえば、外国人だったら、警察は外国人登録かパスポートを見させてもいいけれど、日本人だとできない。でも、日本国籍をとっていてもアメリカ人の顔をもったら、どうなるだろう。多分、警察に見せる必要がないと説得することがでても、ただの「日本人」より大変だろう。仕事、学校に遅刻(ちこく)すると許されない可能性が高いと思うより、止まられるだけは恥ずかしくないのか。
実は、区別が公式に認められると、差別になってしまうのが簡単だと思う。人口統計(じんこうとうけい)のアンケートとかに調べると役に立つかもしれないのが、そういうデータは法律と社会的なルールに関係ないと思う。
母の家族は、ユダイヤー人である。三世代前に、周りの人と同じ言語や生活をしていたのに、人類と宗教の性でポーランドを出させて、アメリカに来た。宗教と人類が混ぜてすこし複雑なのに、基本的に、何回も「ユダイヤー人」という人類の人が差別したり、殺したりされるので、私は人類差別が気に入りやすい。逆に、アメリカではものすごく恥ずかしい公式の差別でもあった。奴隷制度(どれいせいど)から第二次世界大戦(だい二じせかいたいせん)の強制収容所(きょうせいしゅうようしょ)まで、自分の国が人権を何回も蹂躙した。やはり自分の性ではないので、こんなことに学ばないと繰り返す可能性があると思う。
日本は三世代前のポーランドか奴隷制度のアメリカと同じという訳のか。全然そうでもない。でも、どんな差別でも、区別から始まる。差別したい人は、国民に理由をあげないといけなくて、「こういう人が悪い」や「こういう人は人ではない」という言い訳が歴史に多かった。
人の濃度(のうど)が変わらないと法律も換わらないだろう。人はずっと「日本人は正面によってわかること」と思ったら、日本人であるかないかによって違う法律は可笑しくないと思ってしまう。ビザーや国籍のステータスによって違う法律はどこでもあるのに、人類によって違う法律はとてもすくなくて、ただの「差別」だと思う。
実は、区別が公式に認められると、差別になってしまうのが簡単だと思う。人口統計(じんこうとうけい)のアンケートとかに調べると役に立つかもしれないのが、そういうデータは法律と社会的なルールに関係ないと思う。
母の家族は、ユダイヤー人である。三世代前に、周りの人と同じ言語や生活をしていたのに、人類と宗教の性でポーランドを出させて、アメリカに来た。宗教と人類が混ぜてすこし複雑なのに、基本的に、何回も「ユダイヤー人」という人類の人が差別したり、殺したりされるので、私は人類差別が気に入りやすい。逆に、アメリカではものすごく恥ずかしい公式の差別でもあった。奴隷制度(どれいせいど)から第二次世界大戦(だい二じせかいたいせん)の強制収容所(きょうせいしゅうようしょ)まで、自分の国が人権を何回も蹂躙した。やはり自分の性ではないので、こんなことに学ばないと繰り返す可能性があると思う。
日本は三世代前のポーランドか奴隷制度のアメリカと同じという訳のか。全然そうでもない。でも、どんな差別でも、区別から始まる。差別したい人は、国民に理由をあげないといけなくて、「こういう人が悪い」や「こういう人は人ではない」という言い訳が歴史に多かった。
人の濃度(のうど)が変わらないと法律も換わらないだろう。人はずっと「日本人は正面によってわかること」と思ったら、日本人であるかないかによって違う法律は可笑しくないと思ってしまう。ビザーや国籍のステータスによって違う法律はどこでもあるのに、人類によって違う法律はとてもすくなくて、ただの「差別」だと思う。
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でも、友達が警察に止められたり、店で断られたりした。
法律的には、違う顔によって(見かけの違いで)人権が変わる(人権が無視される)のはよくないと思う。
たとえば、外国人だったら、警察は外国人登録かパスポートを呈示させてもいいけれど、日本人にはしない。
でも、日本国籍をとっていてもアメリカ人の顔をもっていたら、どうなるだろう。
多分、警察に見せる必要がないと説得することができても、ただの「日本人」より大変だろう。
仕事、学校に遅刻(ちこく)して許されない可能性があるということを考えるより、止められるだけでも恥ずかしくないだろうかと心配する。
実は(もし実際に)、区別が公式に認められると、簡単に差別になってしまうのが簡単だと思う。
人口統計(じんこうとうけい)のアンケートのために調べると役に立つかもしれないのが、そういうデータは法律や社会的なルールに関係ないと思う。
母の家族は、ユダヤ人である。
三世代前に、周りの人と同じ言語や生活をしていたのに、人種と宗教のせいでポーランドを出させて(or 追われて)、アメリカに来た。
宗教と人種が混ざってすこし複雑なのだが、基本的に、何回も「ユダヤ人」という人類の人が差別されたり、殺されたりしたので、私は人種差別が気になりやすい。
逆に、アメリカではものすごく恥ずかしい公式の差別でもあった。
やはり自分のせいではないのであるが、このことに学ばないと繰り返す可能性があると思う。
(現代の)日本は三世代前のポーランドか奴隷制度のアメリカと同じという訳なのか。
全然違う。
差別したい人は、国民に正当な理由をあげないといけなくて、「こういう人が悪い」や「こういう人は人ではない」という言い訳が歴史上に多かった(たくさんあった)。
人の態度(たいど)が変わらないと法律も変わらないだろう。
人はずっと「日本人かどうかは顔によってわかること」と思ったら、?日本人であるかないかによって違う法律は可笑しくないと思ってしまう?。
ビザーや国籍のステータスによって違う法律はどこでもあるのに、人種によって違う法律はとてもすくなくて、それはただの「差別」だと思う。
むずかしい文章を、良く書けていますね。
二つがあると思っています。まずは、警察が証明書を見せてもらえること。あと、住民用をもらえないこと。最後に、「外国人を断る」という店は、政府にあまり認められない。
でも、多分もっと明らかに書けばいいでしょうね。
・・・・・日本人であるかないかによって区別をする法律なんておかしいのではないかと思ってしまう。
説明ありがとう。