あなたは優しすぎるから
2chでまた面白い書き込みを見た。
「男女、ブスブサイク、イケメン美人問わず誰にでも優しくしてたら
「○○君って本当に優しいよね・・・そういうところが好き。」って告られて付き合いはじめた。そして、別れる際には「○○って誰にでも優しいよね。もう別れる。」
付き合う理由と別れる理由が同じってどういうことだ・・・。ふざけた話なんですけど、もしその話から携帯小説が生まれたら、タイトルは「あなたは優しすぎるから」になるかもしれない。思わずそのコメントに共感を得たのはわたしも同じ経験をしたからです。ただの友達レベルのお付き合いだけど。
思えば、わたしも「どんな人が好きですか」っていう質問をされると、即答で「優しい人です」って言ってた頃があった。でもほんとは自分もどんな人がタイプっていうことがわからなかったから、ごまかすためにそれを言っただけ。元々優しい人ってどういう人なんだろう。ただ自分の都合のいい人にすぎないではないだろうか。「優しい人が好き」っていうことは向こうは自分のわがままなら何でも聞いてくれそうだからこそ好きになっちゃうではないか。好きの気持ちより便利とも言えるんだろうか。
人々はそもそも生まれも育ちも違うから、性格、趣味など異なることは少なくない。だからみんなの機嫌を取るのはまずごく無理のことだろう。人間は社会生活をしてる上で、他人との関わりは欠かさないが、回りの人(家族以外は)ランクをつけるべきだと思う。低いほうから、ただの知り合い、友達、そして親友。一番上の親友はほんとに珍しくて人生で一人で二人でいればもう幸いのことです。だって親友でいられることはお互い独自の個体でありながら、共通の理想や、夢を持つこと、気が合うこと、いろんな条件がそろわなければならないから。天からの贈り物といっても過言ではないぐらいの宝物よ。わたしも一旦親友を認めたとたん、どんどん心の扉を開いていく。
でも昔の知り合いの中で、みんなの機嫌を無理やりに取ろうとした男の人がいた。努力してみんなに好かれようとする働きの裏にはまたコンプレックスの塊でDGNの男であった。最初出会ったごろは気つかわれて「優しい人だなぁ」と思い、友達として好きになっちゃう。時間はしばらく経って、したしい仲間になってから、扱い方も大分変ってきた。もっと分かりやすく言うと、新しい知り合いに気を払わなければならないから、でも一人の精力ってきりがあるので、親しくなった仲間には乱暴の扱いに変わっちゃった。一時、自分が捨てられたからなぁと思い込んで、傷づいたこともある。食事会で久々に会えた仲間に声をかけるよりも、初対面のほぼ他人の人を機嫌をばっかり取って、こっちを全然振り向いてくれなかった。が、間が悪くなったまま、突然いきなり電話にかけられちゃって「お金がないので、貸してくれないかなぁ」と頼まれて。しかも「頼めるのはあなただけ」とか言い始めて、ついこの間「新しい友達できたから、もうこっちに振り向く必要などない」という態度されたばっかりなのに。この人、情けない。
彼の中で、友達っていったいどういう定義なんだろう。たぶん、偶々、相席だった人もかるく友達って言えるんだろう。思えば思えるほど、欺かされたような気がして、憤慨せざるをえない。でも若い人の中で、案外そんなDQNな人が多い、「友達」を使い捨てのも慣れてる。元々、友情というのはすべての感情と同じく、育つのは大事です。二人は「縁」のおかげで、知り合ってから、一緒にいられる時間が増えるによって、おお互いの認識が深まり、ようやく友達の段階にたどり着く。友達は簡単にできるものではないから、大切しなければならないんだ。
わたしは人を区別するなど主張していないが、友達作りを慎むべきだと思う。日本語の中でも似た言い方があるだろう、中国語では「近墨者黑近朱者赤」ということわざがある。つまり、人間は簡単に周りの人から影響されやすい傾向がある。要するに悪い奴と混じれば、落ちるので、そこは注意すべきだ。特にある団体の中で、自分の存在が違和感を感じ始める時は、いよいよ身を引くではないだろうと真剣に考えるべきである。万が一、DQNの連中に落ち込んだら、自分も墜落していく。
特に「誰とも仲良くしようよ」というばかばかしい考えを持つ人を遠慮すべきだ。まず、神様ではあるまいし、誰とも友達になろうとしている人は実は誰も相手にしていない。ただほんとの自分を隠せるために、自分自身、そして周りの人を欺くだけである。一見して、確かに誰にも優しい人だ、でも、そういう人に限って誰にも優しくないとも言えるんだろうか。
「男女、ブスブサイク、イケメン美人問わず誰にでも優しくしてたら
「○○君って本当に優しいよね・・・そういうところが好き。」って告られて付き合いはじめた。そして、別れる際には「○○って誰にでも優しいよね。もう別れる。」
付き合う理由と別れる理由が同じってどういうことだ・・・。ふざけた話なんですけど、もしその話から携帯小説が生まれたら、タイトルは「あなたは優しすぎるから」になるかもしれない。思わずそのコメントに共感を得たのはわたしも同じ経験をしたからです。ただの友達レベルのお付き合いだけど。
思えば、わたしも「どんな人が好きですか」っていう質問をされると、即答で「優しい人です」って言ってた頃があった。でもほんとは自分もどんな人がタイプっていうことがわからなかったから、ごまかすためにそれを言っただけ。元々優しい人ってどういう人なんだろう。ただ自分の都合のいい人にすぎないではないだろうか。「優しい人が好き」っていうことは向こうは自分のわがままなら何でも聞いてくれそうだからこそ好きになっちゃうではないか。好きの気持ちより便利とも言えるんだろうか。
人々はそもそも生まれも育ちも違うから、性格、趣味など異なることは少なくない。だからみんなの機嫌を取るのはまずごく無理のことだろう。人間は社会生活をしてる上で、他人との関わりは欠かさないが、回りの人(家族以外は)ランクをつけるべきだと思う。低いほうから、ただの知り合い、友達、そして親友。一番上の親友はほんとに珍しくて人生で一人で二人でいればもう幸いのことです。だって親友でいられることはお互い独自の個体でありながら、共通の理想や、夢を持つこと、気が合うこと、いろんな条件がそろわなければならないから。天からの贈り物といっても過言ではないぐらいの宝物よ。わたしも一旦親友を認めたとたん、どんどん心の扉を開いていく。
でも昔の知り合いの中で、みんなの機嫌を無理やりに取ろうとした男の人がいた。努力してみんなに好かれようとする働きの裏にはまたコンプレックスの塊でDGNの男であった。最初出会ったごろは気つかわれて「優しい人だなぁ」と思い、友達として好きになっちゃう。時間はしばらく経って、したしい仲間になってから、扱い方も大分変ってきた。もっと分かりやすく言うと、新しい知り合いに気を払わなければならないから、でも一人の精力ってきりがあるので、親しくなった仲間には乱暴の扱いに変わっちゃった。一時、自分が捨てられたからなぁと思い込んで、傷づいたこともある。食事会で久々に会えた仲間に声をかけるよりも、初対面のほぼ他人の人を機嫌をばっかり取って、こっちを全然振り向いてくれなかった。が、間が悪くなったまま、突然いきなり電話にかけられちゃって「お金がないので、貸してくれないかなぁ」と頼まれて。しかも「頼めるのはあなただけ」とか言い始めて、ついこの間「新しい友達できたから、もうこっちに振り向く必要などない」という態度されたばっかりなのに。この人、情けない。
彼の中で、友達っていったいどういう定義なんだろう。たぶん、偶々、相席だった人もかるく友達って言えるんだろう。思えば思えるほど、欺かされたような気がして、憤慨せざるをえない。でも若い人の中で、案外そんなDQNな人が多い、「友達」を使い捨てのも慣れてる。元々、友情というのはすべての感情と同じく、育つのは大事です。二人は「縁」のおかげで、知り合ってから、一緒にいられる時間が増えるによって、おお互いの認識が深まり、ようやく友達の段階にたどり着く。友達は簡単にできるものではないから、大切しなければならないんだ。
わたしは人を区別するなど主張していないが、友達作りを慎むべきだと思う。日本語の中でも似た言い方があるだろう、中国語では「近墨者黑近朱者赤」ということわざがある。つまり、人間は簡単に周りの人から影響されやすい傾向がある。要するに悪い奴と混じれば、落ちるので、そこは注意すべきだ。特にある団体の中で、自分の存在が違和感を感じ始める時は、いよいよ身を引くではないだろうと真剣に考えるべきである。万が一、DQNの連中に落ち込んだら、自分も墜落していく。
特に「誰とも仲良くしようよ」というばかばかしい考えを持つ人を遠慮すべきだ。まず、神様ではあるまいし、誰とも友達になろうとしている人は実は誰も相手にしていない。ただほんとの自分を隠せるために、自分自身、そして周りの人を欺くだけである。一見して、確かに誰にも優しい人だ、でも、そういう人に限って誰にも優しくないとも言えるんだろうか。
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わたしも一旦親友だと認めたとたん、どんどん心の扉を開いていく。
最初出会ったころは気をつかわれて「優しい人だなぁ」と思い、友達として好きになっちゃう。
一時、自分が捨てられたからなぁと思い込んで、傷ついたこともある。
優しい人が好きっていうのは、「私だけに優しい人」って事ですよね。すごく都合が良くて便利な人って意味と変わらないですね。
私の友達(知り合い)に、誰にでも優しい素敵な人が居ますよ。
彼女は成功した「誰にでも優しい人」だと思います。
ランク付けが上手く出来ているんです。それに、皆に好かれようと思っていないから、普段はあまり喋りません。
だけど、皆、彼女のことが好きです。
皆の悪口を言わない。自分ばっかりの話をしないからですね。
だけれど、私は彼女と長い時間は一緒に居られないと思います。
彼女が素敵過ぎるから、私はどうして悪口を言ってしまうのだろう。と思ってしまうんです(笑)
素敵だから好きなのに、素敵だから一緒には居られないんです。
やっぱり、自分の味方であるって思える人と楽しく遊びたいですよね。
その人が他の誰かには優しくない人であっても。そう思いました。
自分を犠牲にしている「いい人」は私も好きではないです。
ただ最近、本当に「いい人」っているんだなあ、と気付きました。
例えば私ならムッとするようなことでも、彼らはなんとも思わないのです。
寛容なんですね。
特に「誰とも仲良くしようよ」というばかばかしい考えを持つ人とは距離を置くべきだ。
まず、神様ではあるまいし、誰とも誰彼構わず友達になろうとしている人は実は誰も相手にしていない。
一見して、確かに誰にも優しい人だ、でも、そういう人に限って誰にも優しくないとも言えるのではないだろうか。