カルチャー‧ショック翻譯

PUBLIC_FLAG_#{@journal.pf_int} RSS feed of 小柔Sharonかえで's latest journal entries Oct 29th 2009 13:22

這是我最近在讀的一篇文章
可是好難 有點超過自己的程度
非常需要大家幫忙翻譯成中文告訴我
如果你可以幫的上忙的話
請幫幫我
謝謝謝謝謝!!!


だれでもはじめて知らない国へ行ったとき、たとえ、その国の言葉が話せても、非常にとまどうのは、この複雑なシステムがあらゆる側面にあらわれて、拒絶反応を示すからである。きくもの、みるものすべてがめずらしいという、その社会にコミットしない観光客のレベルはともかく、何か目的をもってその国に行った場合、この拒絶反応は大きなショックである。これがいわゆる「カルチャー.ショック」とよばれるものである。
これに似たことは、同じ国の中で、たとえば、田舎育ちの人が都会で生活するようになるとか、反対に都会育ちの人が田舎で生活するようになったときにみられる。しかし、これは、ここで問題としている「カルチャー.ショック」と似てはいるが質が違う。この場合は、同一の統合体の中で違いであるから、異なるようにみえてもその基本原理は同じである。これは、ちょうど方言の違いのようなもので、方法の違いではないのである。
 カルチャー‧ショックは、どの国の人でも異国にはじめて行った場合に、きわめて強烈に受けるものである。そして、その度合はそのときの年齢が高くなるほどひどくなる。特に、はじめて故国から出て外国に行った場合が強く感じられ、はじめての国でも、前に他の国に行ったことがあればずいぶん違う。
 日本人の場合、特にカルチャー‧ショックがひどいのは、日本社会というものが同一民族で構成されており、島国で、大陸にある国のように異なる文化をもつ社会と隣接していないため、自分たち以外のシステムが存在するということを、国内にいて実際に知る機会が皆無であるためである。私がロンドン滞在中、興味深く思ったのは、チベット族の村長さんがロンドンにはじめて来たのであるが、この人のほうが、日本のインテリよりもずっとカルチャー‧ショックをうまく処理していたことである。彼にとってのショックは、ほとんど技術的というか物質面に関することであって、対人関係ではない。日本人の場合と反対である。チベットは内陸にあり、いろいろな民族にかこまれているばかりでなく、その村が隊商ルートに位置しており、その村長さんにとっては、異なるシステム(社会)の人々に接するということは、日常茶飯事であり、何らの抵抗をもつものではなかったのである。イギリス人のそれも、また一つの異なるシステムにすぎないのである。
 カルチャー‧ショックの最も大きい、また深刻なのは対人関係の側面であるから、西欧と変わらない工業化の水準にありながら、日本のインテリのほうがチベット族の村長さんより、はるかにハンディキャップがあるのである。
 さらに、日本では、海外に出る人々の大部分が20歳を過ぎてからであるためと思われる。これは、すなわち、パーソナリティができ上がってしまい、また、全教育過程を日本ですました年齢であるので、日本的思考のパターンが強くしかれてしまっているため、異なるシステムとの出会いにおいて、こちら側が弾力性を欠く、正面衝突をしやすいからである。
 ここでは、こうした日本人が異なる文化に接したとき、どのような現象がみられ、どのようにそのカルチャー‧ショックを処理しようとしたり、また、それをのりこえようとするかを、さまざまな側面から考察してみたいと思う。特に筆者がより多くのケースを知っているアジア諸国(主としてインド、東南アジア各国)での日本人の対応の仕方を中心に分析する。しかし、それは欧米をもふくめて、異なる文化への日本人の行動、思考に共通する問題であり、アジアに焦点があるのではなく、アジアにおいていっそう顕著にあらわれる、日本人の行動ならびに思考の考察というのが正確な意図である。
Oct 29th 2009 15:23 kuri

  • きくもの、みるものすべてがめずらしいという、その社会にコミットしない観光客のレベルはともかく、何か目的をもってその国に行った場合、この拒絶反応は大きなショックである。
  • きくもの、みるものすべてがめずらしいという、その社会にコミットしない観光客レベルならともかく、何らかの目的をもってその国に行った場合、この拒絶反応は大きなショックである。

 

  • この場合は、同一の統合体の中で違いであるから、異なるようにみえてもその基本原理は同じである。
  • この場合は、同一システム(注:システムという言葉を後半よく使っているので、ここでもシステムとした)の中で違いであるから、異なるようにみえてもその基本原理は同じである。

 

  • これは、ちょうど方言の違いのようなもので、方法の違いではないのである。
  • これは、ちょうど方言の違いのようなもので、根本的な違いではないのである。

 

  • 特に、はじめて故国から出て外国に行った場合が強く感じられ、はじめての国でも、前に他の国に行ったことがあればずいぶん違う。
  • 特に、はじめて母国から出て外国に行った場合が強く感じられる。はじめての国でも、以前に一度でも外国に行ったことがあればずいぶん違う。

 

  • 日本人の場合、特にカルチャー‧ショックがひどいのは、日本社会というものが同一民族で構成されており、島国で、大陸にある国のように異なる文化をもつ社会と隣接していないため、自分たち以外のシステムが存在するということを、国内にいて実際に知る機会が皆無であるためである。
  • 日本人の場合、特にカルチャー‧ショックがひどいのは、日本社会というものがほぼ同一民族で構成されており、島国であるからだ大陸にある国のように異なる文化をもつ社会と隣接していないため、自分たち以外のシステムが存在するということを、国内にいて実際に知る機会がほぼ皆無であるためである。

 

  • 私がロンドン滞在中、興味深く思ったのは、チベット族の村長さんがロンドンにはじめて来たのであるが、この人のほうが、日本のインテリよりもずっとカルチャー‧ショックをうまく処理していたことである。
  • 私がロンドン滞在中、興味深く思ったのは、チベット族の村長さんがロンドンにはじめて来たのだが、のほうが、日本のインテリよりもずっとカルチャー‧ショックをうまく処理していたことは実に興味深かった

 

  • チベットは内陸にあり、いろいろな民族にかこまれているばかりでなく、その村が隊商ルートに位置しており、その村長さんにとっては、異なるシステム(社会)の人々に接するということは、日常茶飯事であり、何らの抵抗をもつものではなかったのである。
  • チベットは内陸にあり、いろいろな民族にかこまれているばかりでなく、その村が隊商ルートに位置しており、その村長さんにとっては、異なるシステム(社会)の人々に接するということは、日常茶飯事であり、何らの抵抗をもつものではなかったのである。

 

  • カルチャー‧ショックの最も大きい、また深刻なのは対人関係の側面であるから、西欧と変わらない工業化の水準にありながら、日本のインテリのほうがチベット族の村長さんより、はるかにハンディキャップがあるのである。
  • カルチャー‧ショックの最も大きい、また深刻なのは対人関係の側面である。従って、西欧と変わらない工業化の水準にありながら、日本のインテリのほうがチベット族の村長さんより、はるかにハンディキャップがあるのだ。

 

  • さらに、日本では、海外に出る人々の大部分が20歳を過ぎてからであるためと思われる。
  • さらに、日本では、多くの人が20歳を過ぎてから初めて海外に出ることも理由にあげられよう。

 

  • これは、すなわち、パーソナリティができ上がってしまい、また、全教育過程を日本ですました年齢であるので、日本的思考のパターンが強くしかれてしまっているため、異なるシステムとの出会いにおいて、こちら側が弾力性を欠く、正面衝突をしやすいからである。
  • つまり、その頃には、既に人格形成を終え、日本的思考パターンが確立されてしまっているため、異なるシステムと出会うと、柔軟な対応ができずに、正面衝突をしやすくなるのだ。

 
最初の中国語がわからないのですが・・・、繁体字なので想像するに、

「是は我が最近、讀んだ一篇の文章で在る」で、
「自己の程度を超過するほど難しい」ので、
「非常に需要がある。大家が翻譯して、中文を成し、我に告げることを」
つまり、中国語で翻訳してほしいってことだったのかな?

添削してしまいましたorz
まぁよくある日本人論ですから、わざわざ翻訳するほどでもないと思うけど・・・。

【添削について】
①一文が長すぎると感じたものについては、二文にわけました。
②「日本は単一民族である」という言葉をよく使いますが、在日朝鮮/韓国人・アイヌ系の方などもいますので、「ほぼ」という言葉を入れたほうが、politically correctだと思います。
③適宜、わかりやすく簡潔にいたしました。
小柔Sharonかえで
  • Traditional Chinese
  • Japanese, English

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